研究概要 |
統合的レキシコン理論の構築を目指す最終年度では,種々のタイプの複合語に重点を置いて,形態的な特徴と意味解釈との相互関係を考察し,形のみに注目する伝統的な形態論が不十分であり,意味をベースとした新しい形態論のアプローチが必要であることを論じた。具体的には,「太っ腹(な)」のような外心複合語および「無気力(な)」のような接頭辞派生語において,後部要素が名詞であるにも拘わらず全体としては形容動詞を形成するという「形と意味のミスマッチ」が起こることを指摘し,「太っ腹」=「腹が太い」,「無気力」=「気力がない」と言い換えられることから,形態構造では前部から後部への修飾関係であるのに,意味構造では後部(腹)を主語,前部(太い)を述部とする主述関係に反転するために,見かけ上は「外心構造」という変則的な形態が生じることを明らかにした。これは,形の構造と意味の構造を同時並行的に表示する<並行表示モデル>の妥当性を支持する証拠となる。その他,複合語や結果構文の容認性の判断において,動詞が持つ語彙概念構造と,目的語等の名詞が持つクオリア構造の相互作用が重要な役割を果たすことを明らかにした。以上の理論研究の成果に加え,研究計画のもう一つの柱である「言語学教育への応用」の実践として,『形容詞・副詞の意味と構文』を出版した。これは,物の状態や属性を表す形容詞類と副詞類を全般的に扱った解説書であるが,従来の文法研究が出来事・動作を表す表現に集中していたのに対し,状態と属性が意味解釈だけでなく統語的にも重要であることを明らかにした点で,理論的な意義も大きい。
|