本研究計画の目的は、走査型トンネル顕微鏡(STM)探針直下に位置する表面吸着種の振動運動によりSTM発光スペクトル中に誘起される微細構造(振動誘起構造)の解析から、その吸着種の振動エネルギーを決定するための手法(STM発光振動分光)を確立することにあった。そのために、(1)振動誘起構造が出現する機構の解明と、(2)計測可能な振動モードの解明を二本柱として研究を進めてきた。(1)に関して、これまで実験的に明らかになっている2種類の励起チャンネルートンネル電子直接励起と局在プラズモン励起-の機構(具体的中身)を研究した。その結果、前者は従来からSTM発光の解析に用いられている「トンネル電流揺らぎ理論」の枠組みの中で理解出来ること(理論的に振動誘起構造が再現できること)、後者は局在プラズモン電界が表面吸着種によりラマン散乱されると考えれば理解できることがわかった。(2)は本研究年度の主要目的であった。実施計画の記載に従いベンゼンを具体的な対象吸着種として実験を進めた。ピエゾバルブを用いた吸着系を作製し、Cu(110)を試料基板として、紫外線光電子分光や電子線回折等の表面計測手段により、単層以下のベンゼンを基板表面に吸着させる条件を決定した。これはSTM発光振動分光の試料となるが、残念ながらSTM発光実験は未だ終了していない。結果が出次第、適切な手法で公表する予定である。ベンゼン等昨年度まで扱ってきた吸着種に較べて複雑な系の結果は未だ得られていないが、HOPGの固体フォノンの検出には成功した。このことはSTM発光振動分光が吸着系以外にも適用可能であることを示すものであり、大きな成果である。
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