本研究計画の目的は個々の固体表面吸着種の振動分光法の開発にあった。この目的のために、表面吸着種の走査型トンネル顕微鏡(STM)発光スペクトルを研究した。その結果、探針直下に位置する吸着種の振動運動が、STM発光過程において、2つのチャンネルで励起されることを発見した。一つはトンネル電流による直接励起チャンネルであり、もう一方はトンネル電流により励起された局在プラズモン(LSP)による励起チャンネルである。前者のチャンネルが優勢である場合、周期的な構造がSTM発光スペクトル中に見られる。この構造の周期が吸着種の振動エネルギーと一致するので、STM発光スペクトルのフーリエ解析から振動エネルギーが決定される。後者のチャンネル(LSP励起)が優勢である場合、量子カットオフから測って振動エネルギーの位置にステップ状の構造がSTM発光スペクトル中に見られる。計測条件により量子カットオフは決まるので、この場合にもSTM発光スペクトルから振動エネルギーの決定が可能になる。理論解析から、周期構造は「トンネル電流揺らぎSTM発光理論」の枠組みの中で理解出来ること(理論的に振動誘起構造が再現できること)、後者は局在プラズモン電界が表面吸着種によりラマン散乱されると考えれば理解できることが明らかになった。また、本手法により決定可能な振動モードの探索も行った。各種の基板材料に対して水素原子、酸素原子、ベンゼン分子の振動エネルギーが決定できることを見いだした。さらに、基板フォノンの検出にも成功した。このことはSTM発光振動分光が吸着系以外にも適用可能であることを示すものであり、大きな成果である。
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