気体原子の核スピン緩和時間は非常に長いので高偏極を実現できる。しかし、光ポンピング容器の壁による緩和現象は明らかでなく、気体原子の偏極率は壁の状態に左右される。そこで、壁におけるスピン緩和を抑えスピン偏極率を向上させるため、ガラス表面のアルカリ金属の状態を詳しく調べた。実験では、RbとCs金属を高磁場NMR計測した。金属原子のNMR周波数は伝導電子の磁場によりKnightシフトする。そのため、融点付近における共鳴周波数の温度依存性により、微量不純物の溶けた金属の相図を再現できる。緩衝ガス、ガラス材質やセル作成方法を変えることにより、ガラス容器内のアルカリ金属には2種類の不純物が混入しうることがわかった。一方は、酸素である。微量の酸素がアルカリ金属に溶けると、金属から一様に伝導電子を奪う。Cs金属の亜酸化物は偏極He原子の壁における核スピン緩和を抑制する、という報告と併せ考えると、高磁場NMRはスピン緩和を抑制するコーティング剤の開発に有効である。他方の不純物は、ガラスとの化学反応による生成物と予想される。多くの原子磁束計や原子時計ではガラス容器が使われるので、ガラスとの永続的な反応による金属表面物性の変化など、今後、詳しく調べる必要がある。本年度は、さらに、固体表面におけるスピン相互作用に関する新たな成果を得た(発表論文参照)。光ポンピングしたCs蒸気からスピン偏極を移すことによって、CsH塩のCs核のスピン偏極を増大させることに成功したのである。核スピンの偏極率は、磁場9.4T、温度137℃で、熱平衡状態の4倍になった。これは、偏極アルカリ金属蒸気から固体の核スピンへのスピン移行の初めての試みであり、固体の核スピン偏極、電子スピン偏極の固体への注入、スピン偏極した塩によるMRI造影剤などの応用に新たな可能性を開いた。
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