本研究は、原子の磁気モーメントを精密計測することをめざし、Xe原子とアルカリ原子を組合せた精密な偏極原子磁束計を開発することを目的とした。磁束計の感度は位相緩和時間に依存する。本質的に長い緩和時間であるXe原子を生かすためには、偏極したまま、高密度に、長時間、原子を保存する必要がある。そこで、偏極Xe原子を液体に溶かして保存することを発案し、スピン緩和機構を解明した。磁性不純物のない溶液中では、溶媒との磁気双極子相互作用とスピン回転相互作用による緩和と、容器の壁による緩和が主であった。多くの研究により原子のスピン緩和機構が明らかにされ、高い核スピン偏極が得られるようになった。しかし、容器の壁による緩和は不明な点が多く、偏極率の到達度は壁の状態に運を委ねられる。本研究ガラス表面のアルカリ金属の状態ををNMR計測する新手法を開発した。薄膜金属を高磁場NMR討測し、融点付近におけるナイトシフトの温度依存性から微量不純物の溶けた金属の相図を再現すると、ガラス容器内のアルカリ金属には2種類の不純物が混入しうるとが判明した。一方の不純物は酸素原子であり、アルカリ金属に溶けると金属から一様に伝導電子を奪う。Cs金属の亜酸化物は偏極3He原子の壁における核スピン緩和を抑制する。したがって、高磁場NMR計測は、スピン緩和を抑制する被膜材の開発に有用である。さらに、固体表面におけるスピン相互作用に関して、「壁に到達した偏極原子が、スピン緩和により角運動量を失うだけでなく、角運動量を固体に渡す現象」を発見し、Cs原子の光ポンピングにより容器の壁に付着させたCsH微結晶のCs核のスピン偏極を増大させることに成功した。これにより、固体の核スピン偏極、電子スピン偏極の固体への注入、スピン偏極した塩によるMRI造影剤などの応用に新たな可能性を開いた。
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