100K以下の低温における化学反応には、未だに解明されていない効果があることが指摘されている。本研究では、量子凝縮相中に捕捉した分子のエネルギー状態および化学反応性を明らかにすることによって、10K以下の極低温における化学反応の本質を実験的に解明することを目指すとともに、量子凝縮相の特質を生かした低温化学反応の新しい展開を行うことを目指した。量子固体あるいは超流動ヘリウムなどの量子凝縮相はほぼ「自由」な分子を1K程度の温度に冷却することができ、かつその反応性を調べることができる唯一の場である。本研究では、まず分子錯体(クラスター)のクラスターサイズを完全に制御したうえで、超流動ヘリウム液滴中に捕捉・生成し、それら分子錯体のエネルギー準位及び構造の解析ができる装置を開発した。その装置を用い、大気科学で重要となる水-酸素、水-窒素錯体等のクラスター構造、安定性、および絶対赤外強度に関する詳細な実験的データーを得た。観測された赤外スペクトルから、クラスター内の水分子の回転状態が量子化される現象を明らかにした。一方、量子固体である固体水素中に捕捉した分子の赤外分光から、極低温における分子の核スピン状態の緩和に関する研究を進めた。その結果、スピン緩和が分子内スピン-スピン、スピン-回転、および核四重極相互作用で起きることを明らかにするとともに、2K以下の極低温では1格子過程、2-6Kでは2格子過程がエネルギー緩和に対して支配的であることを明らかにした。また、固体水素中に捕捉した分子の関与する二分子化学反応を赤外分光法を用いて追跡する手法を確立し、それを用いてこれまで定量的な実験的研究が報告されていなかった、化学反応における核スピン保存則の厳密性をはじめて実証することに成功した。
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