窒素分子と水素分子からアンモニアを高温・高圧で合成するハーバー・ボッシュ法が1913年に工業的に開始されてから、アンモニア合成法は様々な開発・改良が行われてきたが、約一世紀を経た現在においても依然として高温・高圧の条件が必要とされている。一方・自然界におけるアンモニア合成は、ニトロゲナーゼにより、窒素分子をアンモニアに常温・常圧下で変換する。これまでの研究でニトロゲナーゼの触媒活性部位は対称中心を持たないダブルキュバン骨格を有する硫化物クラスター構造であることがわかっている。ニトロゲナーゼによる窒素固定反応は、常に水素発生を伴う。これまでにも多くの窒素硫化物クラスターの単離・還元が試みられてきたが、ニトロゲナーゼのように水素発生と共役させた例はない。本研究の目的は、窒素固定化酵素の活性部位を模倣した「対称中心を持たないダブルキュバン骨格」を持つ「水溶性ジヒドリド硫化物クラスター」を独自のアイデアに基づいて設計・合成し、水素発生と窒素還元が共役する触媒反応系を開発することである。ニトロゲナーゼの触媒活性部位の対称中心を持たないダブルキュバン型硫化物クラスター構造は、窒素を捕らえ活性化するのに不可欠な構造単位であると考えられる。平成17年度は、そのような対称中心を持たないオープンタイプのダブルキュバン型硫化物クラスターの合成を行った。使用する金属は、生体が使用しているモリブデンと鉄以外にも、いろいろな種類の遷移金属(ルテニウムや銅)を使用して合成を行った。ルテニウムと銅を用いた理由は、ルテニウムは鉄と同じ8族元素であり、銅は生体における酸素分子の活性化において、鉄と同様に深く関与しているからである。その結果、「対称中心を持たないオープンタイプのダブルキュバン型硫化物クラスター」の合成に成功した。
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