合成的展開としては、プロスタグランジン合成酵素の活性中心を模倣して、ヘム鉄近傍にフェノール性水酸基を二つ有する新しいモデル錯体を合成した。プロスタグランジン合成酵素では、活性中心のチロシン残基がフェノキシラジカルとなって、基質であるポリオレフィン類(アラキドン酸)から選択的に水素原子を引き抜く。モデル錯体を過酸により酸化すると、天然酵素と同様に、高原子価の鉄イオンとともにフェノキシラジカルが生成し、ポリオレフィン類と反応することを確認した。 また、ポルフィリンの両面を光学活性ビナフタレンで修飾した双冠型ポルフィリン(TCP)の骨格を用い、酸素活性化に重要である(1)チオレート、イミダゾールなどの軸配位子(2)ヘム鉄に配位した酸素分子に水素結合する水酸基の両方を分子キャビティ内部のヘム鉄近傍の適切な位置に導入した2種類のヘム錯体を合成した。これらの錯体は安定な酸素付加体を与え、さらに、ヘム鉄に配位した酸素分子と水酸基との間の水素結合も存在している。極低温でのγ線照射(クライオラジオリシス)により、イミダゾール配位型錯体(TCP-IM)の酸素付加体を一電子還元して、対応するペルオキシ体やヒドロペルオキシ体を生成させ、同定を行った。ヘリウム温度にて、γ線照射した直後(2K)のESRや^1H-ENDORスペクトルから、ペルオキソ体が効率よく生成しており、さらにペルオキソ基と近傍のフェノール性水酸基の間の水素結合も確認された。さらに、133Kに昇温した後のESRや^1H-ENDORスペクトルでは、ヒドロペルオキソ体の生成が確認された。TCP-IMの酸素錯体を用いて、鉄に配位した酸素分子への一電子還元(ペルオキソ基の生成)、およびその後の水酸基からペルオキソ基へのプロトン移動(ヒドロペルオキソ基の生成)という酸素活性化の主要な過程を詳細に追跡できた。
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