研究概要 |
本年度は以下の進展を得た。(1)我々は先に,海馬における女性ホルモン(エストラジオール)の合成を実証し,エストラジオールが海馬神経細胞のシナプス伝達の長期抑圧(long-tem depression;LTD)を増強することを発見した。本年度は,この作用を媒介する受容体を,オス成熟ラットより調製された海馬スライスに対する多電極を用いた同時電気生埋計測によって解析した。エストラジオールは30分程度のうちに海馬CA1-CA3及び歯状回(DG)領域の神経細胞においてNMDAの短時間灌流によって誘起されるLTDを増強するが,α型古典的エストロゲン受容体(Erα)のアゴニストであるPPTを投与すると同様の現象が引き起こされた。この作用は,特にCA1領域において顕著に観察された。一方で,β型受容体(ERB)のアゴニストであるDPNを投与してもLTD増強作用は見られなった。以上の結果はER-KOマウスに対して得られた結果とよく一致することから,エストラジオールのLTD強化作用はErαを介していることを証明することができた。 (2)ストレスステロイドであるコルチコステロン(CORT)を海馬スライスに投与すると,シナプス伝達の長期増強(longrterm potentiation;LTP)が急性的に抑制された。この作用は古典的グルココルチコイド受容体(GR)のアゴニストであるDEXによってミミックでき,またアンタゴニストRU486によって阻害されたことから,GRを介したものであることが示された。さらに,このCORTによって抑制されたLTPは,エストラジオールを同時投与することによって回復した。PPT及びDPNを投与してもCORTによって抑制されたLTP増強率が改善したことから,このエストラジオールの作用はErα, Erβの両方によって媒介されているものと思われる。さらに,エストラジオールの作用はERK/MAPK経路を介していることも示した。 (3)以上より,成獣ラットの脳海馬において合成される女性ホルモンはErαを介して神経シナプス伝達を急性制御していることがわかった。またストレスステロイドによるLTPの抑圧に対して,エストラジオールがErα及びErβを介して回復効果を発現し,急性のうつ症状を和らげる働きをしていることが示された。
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