研究概要 |
昨年度までに、クワの葉がエリサン・ヨトウガなどカイコ以外の一般の昆虫に対して顕著な毒性を持ち、その原因耐虫性物質がクワ乳液中に高濃度で(湿重の2.5%、乾重の18%)含まれる糖類似アルカロイド(1,4-dideoxy-1,4-iminoarabinitol(D-AB1)や1-deoxynojirimicin)と新規耐虫性タンパク質であることを明らかにした。 今年度は、クワ乳液中の新規耐虫性タンパク質の完全長遺伝子配列を決定を行った。その結果、本耐虫性タンパク質は394アミノ酸からなる新規タンパク質であることが判明し、N末端側に2つのキチン結合領域(hevein domain)が存在し、これら2つの領域に挟まれるように、Extensin様領域(Extensin domain)が存在した。C末端側はキチナーゼ様領域が存在した(活性は無い)。本タンパク質は人工飼料湿体中で0.01%の低濃度でヨトウムシに対し顕著な成長阻害活性を示し、農業上利用可能な耐虫性タンパク質として有望であるため、国際特許PCT出願を行った(2008年3月3日、国際出願番号PCT/JP2008/53794)。 さらに本年度はクワのスペシャリストであるカイコのクワへの適応機構を検討した(Hirayama C.,Konno K.et. al,(2007)Insect Biochem.Mol.Biol.37:1348-1358)。エリサンでは糖類似アルカロイドが中腸のsucraseを阻害(D-AB1に対するIC_<50>=0.9μM)するためsucroseの消化・吸収が顕著に阻害され、さらに血リンパ中に吸収された糖類似アルカロイドが血糖trehaloseの分解酵素trehalaseを阻害(IC_<50>=5.5μM)しtrehaloseの利用を阻害して成長阻害が起きていた。一方カイコでは、sucrose吸収もtrehalose代謝も糖類似アルカロイドの影響を受けず順調に成長し、sucraseもtrehalaseも糖類似アルカロイドによる阻害を受けない耐性酵素(IC_<50>はそれぞれ>1,000μMと160μM)であった。カイコはクワの乳液成分による化学防御に対し、耐性酵素を発達・進化させることで適応していることが判明した。本成果は数千年の養蚕の歴史の中で、クワとカイコの間に存在する攻防的関係の進化を初めて分子レベルで解明しており画期的である。
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