研究概要 |
本研究では、植物に広く見られる乳液とその成分が植物の耐虫性や植物-昆虫間相互作用に果す役割と分子機構を、カイコの餌であり乳液を有するクワをモデルとして解析した。 クワの葉はエリサンやヨトウガ幼虫などクワを常食しない昆虫に対し強い毒性を示し、その原因はクワの傷口から分泌される乳液であった。クワの乳液自体これらの昆虫に毒性を示したがカイコは乳液の毒性に耐性であった。このことはクワの葉が乳液で昆虫の食害から身を守る一方で、カイコは乳液による防御に適応していることを示唆した。クワ乳液中には糖代謝酵素の阻害剤である糖類似アルカロイド(1,4-dideoxy-1,4-iminoarabinitolや1-deoxynojirimicin)が高濃度(湿重の2.5%、乾重の18%)で含まれ、エリサン・ヨトウガ幼虫に毒性を示した。これらの昆虫では糖類似アルカロイドが葉中の主要糖であるショ糖を分解する酵素スクラーゼを阻害するため、ショ糖の吸収が阻害され成長が遅延する。また、血リンパに吸収された糖類似アルカロイドは昆虫の血糖であるトレハロースを分解するトレハラーゼを阻害し、血糖の利用と成長を阻害した。さらに我々はクワ乳液に含まれる新規耐虫性タンパク質の精製と遺伝子配列決定に成功した。この新規耐中性タンパク質は、人工飼料湿体中で0.01%の低濃度で重要害虫ヨトウガの成長を顕著に阻害するため、農業上の応用が期待される。一方、クワを専門に食べるカイコではスクラーゼもトレハラーゼも糖類似アルカロイドで阻害されず、糖の吸収も血糖トレハロース代謝も影響されないため、糖類似アルカロイドを食べても成長できた。カイコはクワ乳液成分による化学防御に対し耐性酵素を発達させて適応していた。 本研究成果は植物乳液が植物-昆虫間相互作用に重要な役割を持つことと、植物乳液が有用物質・タンパク質の宝庫であることを明確に示している。
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