Wntシグナルの亢進は胃癌発生の重要な原因のひとつであると考えられている。また、胃癌組織では、プロスタグランジン合成酵素のCOX-2とプロスタグランジンE_2(PGE_2)変換酵素のmPGES-1の発現誘導も認められており、これらにより産生されるPGE2が胃癌発生に重要であると考えられている。しかし、WntシグナルとPGE_2経路の相互作用については不明な点が多かった。そこで、それぞれのシグナル経路を胃粘膜上皮で活性化させた2系統のトランスジェニックマウスを作製して交配実験を行ない、各シグナルの単独および相互作用による胃癌発生への影響について研究を行なった。 胃粘膜上皮でWmtシグナルを活性化したK19-Wnt1マウスでは、未分化な上皮細胞のマーカーであるTFF2の陽性細胞数が増加し、細胞分化の抑制が認められた。また、このモデルでは胃粘膜に微小隆起病変が発生し、組織学的には異形性を伴う前癌病変であった。これらは、腫瘍形成には至らなかったので、Wntシグナル亢進は発癌の引き金になり得るが、それだけでは発癌に十分ではないと考えられた。一方、胃粘膜でPGE2産生を亢進したK19-C2mEマウスは、胃粘膜上皮でCOX-2とmPGES-1を同時に発現している。このマウスでは、粘液細胞化生をともなう過形成病変が認められた。すなわち、PGE2経路は細胞増殖の亢進と分化方向の制御に重要である可能性が考えられた。しかし、PGE2シグナル亢進だけでは異形性病変は発生しなかった。 多くのヒト胃癌組織ではWntシグナルとPGE2経路の双方が亢進していると考えられるので、双方のマウスモデルを交配してダブルトランスジェニックマウス(K19-Wnt1/C2mE)を作製した。その結果、異形性を伴う胃癌発生が全ての個体で認められた。したがって、WntとPGE2の双方の活性化により胃癌が発生する事が明らかとなった。
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