近年、癌細胞における遺伝子異常を標的とした分子標的治療が注目を集めている。しかし、消化器癌において、遺伝子に点突然変異を有する腫瘍は実際には少なく、より有効な分子標的の探索が急務となっている。本研究では、DNAメチル化異常やヒストン脱アセチル化などのエピジェネティックな異常や、タンパクのユビキチン化を標的とした治療法開発に向けて、基礎的研究を行うことを目的とする。われわれは、低酸素誘導性アポトーシスに関与するBNIP3遺伝子が、大腸癌および胃癌において高頻度に異常メチル化により不活化されていることを見出した。大腸癌細胞はしばしば低酸素誘導性アポトーシスに抵抗性を示すが、BNIP3遺伝子が異常メチル化している腫瘍細胞をメチル化阻害剤、5-aza-dCで処理することにより、低酸素によるアポトーシス誘導能を回復出来た。また、RASシグナル制御因子である、RASSF遺伝子ファミリーのエピジェネティックな異常について検討したところ、RASSF2が大腸癌および胃癌において高頻度に異常メチル化により不活化されていることが明らかとなった。RASSF2が発現消失している腫瘍細胞に遺伝子導入したところ、細胞増殖の抑制とアポトーシスを誘導し、消化器癌におけるRasシグナルの活性化は、遺伝子変異だけでなく、Rasを負に制御している分子のエピジェネティックな異常が重要である可能性が示唆された。ユビキチンリガーゼである、CHFRが微小管阻害剤抵抗性に関与することを見出した。RNA干渉法によりCHFRをノックダウンすることにより、微小管阻害剤による抗腫瘍作用を増強できた。以上の結果から、エピジェネティックな異常やユビキチン化の異常などの生体分子の修飾異常は、これまで考えられていた以上に消化器癌の発生と進展に重要な役割を果たしており、治療の分子標的として重要と考えられた。
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