ヒトは老化するに従って様々な日内変動リズムが障害されるようになる。例えば、高齢者では睡眠覚醒の日内リズムの障害のため不眠症を発症することが多い。血圧は夜間に低下する日内変動リズムを呈するのが通常であるが、高齢者では夜間の血圧低下が見られないため、臓器障害が進み、脳卒中や急性心筋梗塞などの生活習慣病を発症しやすくなると報告されている。最近、一連の時計遺伝子が発見され、その発現が24時間周期に変動することによって、下流の遺伝子発現を調節し、さらに様々な日内リズムを制御していると考えられるようになった。しかし、老化によって血圧を含めた日内変動リズムの障害が起こる機序については明らかではない。我々は以前より、細胞レベルの老化がヒトの加齢に伴う疾患の病態生理に関与することを示唆してきた。そこで今回は、細胞レベルの老化が時計遺伝子の発現にどのような影響を及ぼすかについて検討した。初期経代の血管細胞に血清刺激を加えると、時計遺伝子の発現は24時間周期の変化を示すようになる。それに対して老化した細胞では、その振幅が明らかに低下していた。テロメレースの導入によって細胞老化を抑制すると、その障害は解除された。老化細胞における時計遺伝子発現の低下は、CREB転写因子の活性化によって部分的に改善した。一方CREB転写活性を抑制しておくと、初期経代細胞においても時計遺伝子の発現は低下したことから、CREBの活性低下が老化に伴う時計遺伝子発現の低下に重要であると考えられた。老化細胞ではERKの活性が低下していること、初期経代細胞でERKを阻害するとCREBの活性は低下し、時計遺伝子の発現も障害されることから、CREBの上流のシグナルとしてERKの重要性が示唆された。老化したマウスにおいても、末梢臓器の時計遺伝子発現は障害されていた。そこで生体内における細胞老化の関与を調べるために、若年マウスに老化した細胞を含んだマトリゲルを移植、あるいは逆に、初期経代細胞を老化マウスに移植して、時計遺伝子の発現を観察した。その結果、老化マウスに移植された初期経代細胞ではほぼ正常であったのに対し、若年マウスに移植された老化細胞では、著しく時計遺伝子の発現が障害されていた。この障害は、細胞老化を抑制する遺伝子を導入しておくことによって正常化したことから、細胞老化シグナルの制御によって個体老化に伴う時計遺伝子の発現を改善し、高齢者で認められる生理的な日内変動リズムを改善しうることを示唆すると考えられた。
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