研究概要 |
老化の研究は世界的にもまだ端緒についたばかりであり、その機序はほとんど解明されていない。通常ヒト正常体細胞の分裂回数は有限であり、ある一定期間増殖後、細胞老化とよばれる分裂停止状態となる。その寿命は培養細胞のドナーの年齢に相関すること、また、早老症候群患者より得られた細胞の寿命は有意に短いことも報告されている。そこで我々は、血管の老化研究を「細胞レベルの老化が個体老化の一部の形質、特に病的な形質を担う」という仮説に基づいて進めることにした。我々はこのアプローチによってこれまでテロメアシグナル(Mol Cell Biol.2001;21:3336-3342,Circulation.2002;105:1541)やAngiotensinII/Ras/ERKシグナル(Circulation.2003;108:2264,Circulation in press)、インスリン・Aktシグナル(EMBO J.2004;23:212)が細胞レベルの老化に重要であることを報告し、さらにこれらのシグナルが血管老化・動脈硬化の病態生理に深く関与していることを示唆してきた。本研究ではさらに高齢者に認められる日内リズムの障害に細胞老化シグナルが関与していることを調べるために、細胞レベルの老化が時計遺伝子の発現にどのような影響を及ぼすかについて検討した。初期経代の血管細胞に血清刺激を加えると、時計遺伝子の発現は24時間周期の変化を示すようになる。それに対して老化した細胞では、その振幅が明らかに低下していた。テロメレースの導入によって細胞老化を抑制すると、その障害は解除された。老化したマウスにおいても、末梢臓器の時計遺伝子発現は障害されていた。そこで生体内における細胞老化の関与を調べるために、若年マウスに老化した細胞を含んだマトリゲルを移植、あるいは逆に、初期経代細胞を老化マウスに移植して、時計遺伝子の発現を観察した。その結果、老化マウスに移植された初期経代細胞ではほぼ正常であったのに対し、若年マウスに移植された老化細胞では、著しく時計遺伝子の発現が障害されていた。この障害は、細胞老化を抑制する遺伝子を導入しておくことによって正常化したことから、細胞老化シグナルの制御によって個体老化に伴う時計遺伝子の発現を改善し、高齢者で認められる生理的な日内変動リズムを改善しうることを示唆すると考えられた。
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