癌は多種類の癌遺伝子および癌抑制遺伝子の異常が経時的に蓄積され、種々の段階を経て発生すると一般的に考えられている。それら遺伝子異常のパターンが癌の細胞生物学的特性を規定し、放射線および化学療法の感受性や患者の予後に深く関与している。しかし癌には遺伝子単位の変異だけでなく、染色体単位の欠失、倍加、逆位などのゲノム単位の大きな変異も認められる。最新の分子遺伝進化学によれば生物進化によって新しい表現型を獲得した種にはゲノムの大幅な構造変化が先行している。癌を自己に生じた新しい種と捉えることは、根源的な治療法の開発に重要な示唆を与えてくれるものと考えられる。本研究ではまずグリオーマにおけるゲノム異常を最新のゲノムマイクロアレイ(PropGene CGH Array)で明らかにし、それを患者リンパ球のゲノムデータと比較検討することを目的とした。一方、脳腫瘍細胞の一部に神経幹細胞マーカーが発現していたり、脳腫瘍細胞を神経幹細胞培養系で培養するとニューロスフェアーを形成することなどから、膠芽腫(グリオブラストーマ)組織中に腫瘍細胞を供給する癌幹細胞が存在することが疑われている。もし癌幹細胞が存在するならば、その細胞はもともと存在した神経幹細胞が腫瘍化したものなのか、または腫瘍化した組織幹細胞が幹細胞循環システムにより脳に運ばれたのかのいずれかの可能性が考えられる。我々はこれまでarray-CGH(GenoSensor)にて膠芽腫のゲノム異常解析を進めてきたが、膠芽腫で認められたゲノム異常パターンが同一患者のリンパ球ゲノムにも観察された症例を経験した。この現象は骨髄幹細胞ゲノムにある特定の変異を来たしたものが末梢血から脳組織に運ばれて膠芽腫を発生させ、同時にリンパ球への分化を起こしたと考えることも出来る。このことから膠芽腫の中には骨髄幹細胞に生じた異常幹細胞に由来するものが存在するのではないかとの着想を得た。このような研究計画の下、現在もGSP-Array 7700により脳腫瘍組織及びヒトリンパ球の遺伝子解析を継続している。
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