研究その1:麻酔薬による健忘作用の分子メカニズムを解明するため、記憶の分子基盤と考えられるシナプスの可塑性に対する麻酔薬の影響を調べた。ラット脳海馬スライス標本を用いて、興奮性シナプス長期増強現象(Long-term potentiation:LTP)を観察し、sevofluraneの影響を調べた。特に、十分な鎮静作用がある臨床濃度と、鎮静には至らないが健忘作用はあるとされる低濃度で比較した。 (結果)低濃度sevofluraneによる集合電位の抑制は、bicuculline投与で完全に回復した。臨床濃度では部分的に回復させた。低濃度sevofluraneによるCA1ニューロンの抑制は、GABA作動性ニューロンの活性化による。臨床濃度になるとさらに他の部位へ作用してくると思われる。鎮静濃度より低濃度の麻酔薬でも術中の記憶がなくなることは臨床的に知られていたが、低濃度sevofluraneが海馬シナプスのLTPの誘導を抑制することを示し、麻酔薬による健忘作用のメカニズムの一つになると考えられた。健忘濃度sevofluraneのLTPの抑制にはGABA受容体の関与が大きいが、臨床濃度の麻酔薬ではGABAergic mechanism以外の作用があると結論された。 研究その2:GABA合成能が低下したマウス(GAD65-/-)では、GABA放出が減少し、麻酔薬の効果が野生型と異なることが予想される。麻酔薬の中枢神経抑制における、シナプス終末GABA放出の役割を、個体レベルで明らかにすることである。 (結果)GABA抑制系への修飾が著明なプロポフォールで、GAD65-/-は野生型と比較し効果に差が認められた。NMDA受容体アンタゴストケタミンでは、有意差が見られなかった。プレシナプスからのGABA放出過程への作用が麻酔作用発現に重要であることが、個体レベルで示された。
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