研究課題
本年度は、診療情報としての遺伝情報に焦点をあて、家系内での共有性という遺伝情報の性質とそこから派生する問題について検討した。とくに、医師の第三者保護義務について、米国の判例を検討し、以下を結論した。1.患者によって危険にさらされる可能性のある第三者を保護する義務は、感染症の法理を精神疾患へ、そして遺伝性疾患へと拡大された。この義務の基礎には、第一に、当該医師の患者から何からの形で生じる合理的に予見可能な危険があり、その危険の蓋然性が大きいこと、第二に、予見可能な第三者が存在することであり、その第三者は必ずしも特定可能な個人であることを要求されない。2.危険の蓋然性という点は、遺伝子が関与する疾患についても、遺伝形式や浸透率、表現型の差異等から、遺伝性疾患であることのみをもって判断することはできない。3.日本の公衆衛生法は、すべての感染症を同等に扱ってはいない。特に、ハンセン病、HIV等にっいては、過去に生じた偏見や差別を考慮し、個人の人権に配慮した対応がされている。米国の判例においても、ほかの感染症とHIVの扱いは異なり、それは社会的烙印づけの問題にとどまらず、私的なプライバシー利益の問題として捉えられ、医師の第三者保護義務の履行は、患者本人に、他者への感染の危険を告げることをもって果たされるとしている。4.遺伝情報のなかでも、差別や偏見の対象となる一定の遺伝情報は、機微情報として高度の保護を要する。5.遺伝医療のなかで、中心的な課題は遺伝学的検査におかれているが、同医療に必須なものとして、家族歴の聴取がある。本来、家族や血縁者の健康情報は、当該個人の私的情報である一方、患者の治療を決定するひとつの手段として用いられる。したがって、医師には、本人の同意なく収集された情報の主体に対し、直接的に警告する義務はない。
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法学研究科論集 第8号
ページ: 1-28