本研究の目的は、中米グアテマラ共和国アグアテカ遺跡と周辺部に住んだ支配層と農民の神殿や住居跡の発掘調査で出土した遺物の分析を通して、古典期マヤ人の日常生活と社会経済組織の基礎的研究を実施することである。土器、石器、その他の全ての出土遺物を分析対象とした。アグアテカ遺跡では、支配層の住居跡の補完調査と共に、大広場の神殿群、周辺部の農民の住居跡、洞窟・崖・地表面の割れ目を調査した。その結果、810年頃、敵は5代目王の神殿の破壊儀礼を行なったことが明らかになった。大変興味深いことに、敵は先代の王たちの神殿を破壊しなかった。王宮や貴族の住居跡が焼かれていることから、敵のねらいは5代目王を中心とするアグアテカの宮廷を破壊・抹消することだったことがわかる。アグアテカ遺跡の周辺では、プンタ・デ・チミノ遺跡、セイバル遺跡、アグアテカの北の遺跡群を、2次センターのナシミエント遺跡を含むアグアテカの南の遺跡群を調査した。青山が担当した石器研究の成果としでは、今年度までに全部で約2万点の石器を分析した。その結果、古典期マヤ支配層の男女が、美術品と実用品の両方を住居の内外で生産したこと、さらに石器およびその他の遺物の研究や出土状況から、古典期マヤ支配層は、異なった状況や必要性に柔軟に対応して、書記、工芸家や戦士など、複数の社会的役割を果たしたことがわかった。石器分析の成果は、大広場に面したアグアテカ最大の神殿「神殿L8-8」が建設途中で放棄されたという説を強く支持する。さらに、3代目王による儀式石器の埋納を含む、大広場の前の神殿の落成儀礼という劇場的パフォーマンスは、王権の強化に役立ったと考えられる。コパンやアグアテカのように、少なくとも一部のマヤ都市では、王を中心とした宮廷が、重要な実用品の一つである石刃を生産するための黒曜石製石刃核の獲得・流通を統御したことが明らかになった。
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