ミトコンドリア電子伝達系複合体IIのサブユニットの1つであるシトクロームb大サブユニット(C.elegansではCYT-1:マウスやヒトではSDHC)の異常が、エネルギー代謝異常、活性酸素発生量の増大、細胞死を招く。さらにヒトにおいて、このサブユニットをコードする遺伝子の異常がパラガングリオーマ(傍神経節腫)の患者の中に発見されている。そこで本研究では、この遺伝子に変異を持つマウス細胞や個体を構築し、解析することを目的とした。 マウス胎児細胞では過剰な細胞死を引き起こすとともに、細胞死から逃れた細胞を高頻度に形質転換させた。これらの成果から、ミトコンドリアから生じる活性酸素は、過剰な細胞死を誘導し早老化や老年性疾患を助長する半面で、細胞増殖能が無限化され造腫瘍性を示す形質転換を誘導し発癌を助長し得ることが示唆された。この細胞のアポトーシス誘導をシグナル伝達経路から調べたところ、ミトコンドリアを起因としたシグナル伝達経路の活性化によりアポトーシスが誘導されていることが明らかになった。このアポトーシス誘導は細胞増殖が抑制された老化細胞に対しては細胞生存数の減少を促進させ、酸化ストレスにより腫瘍化した細胞に対しては増殖抑制効果を示すことを明らかにした。これらの結果は、ミトコンドリアの酸化ストレスが腫瘍増殖抑制に伴う良性腫瘍化に深く関与することを示唆した。 さらに、ミトコンドリアからの活性酸素の発生量や発生時期をテトラサイクリンにより生体外部から任意に制御可能な条件付遺伝子組換えトランスジェニック・マウスを作製した。各器官・臓器のテトラサイクリンによるSDHC遺伝子の誘導を観察した。その結果、脳と筋肉を除く器官・臓器で誘導が確認された。このマウスは酸化ストレス高感受性であることから、生体内酸化ストレスを原因とするガン発症のモデル動物として、機構の解明に貢献することが期待される。
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