歩行運動を代表とする上・下肢による周期的な協調運動は脊髄に存在するパターン発振器(CPG)により半自動的に調節されていることが四足歩行動物を対象とした実験により確かめられている。しかし、(1)ヒトにおいても四足歩行動物で見られるような脊髄パターン発振器が存在するのか否か、(2)上・下肢のパターン発振器は相互作用しているのか、または独立制御されているのか否か、(3)これらのパターン発振器が関与する律動運動には練習や学習効果が見られるのか否か、については不明であった。本研究課題ではこれらの諸点に焦点を当て研究を遂行した。 これらの諸問題を検討するために上・下肢同時ペダリング運動をモデルとして用い、運動課題遂行中の皮膚反射の動態を検討した。その結果、潜時約80から120msで出現する皮膚反射の振幅は、筋電図を導出している筋のクランク位置に異存して有意な変化を示すことが明らかになった。皮膚反射はCPGの影響下にあることを考慮すると、この結果はヒトにおける上・下肢の律動運動はCPGの制御下にあることを強く示唆する。しかしながら、上・下肢ペダリング運動の姿勢の変化(座位vs.立位)、上・下肢運動の位相が0度もしくは180度の差異で運動している場合でも皮膚反射に有意な影響は見られなかった。これらの結果は、上・下肢の律動運動を調節する各CPG間の相互作用は弱いことが示唆された。次いで、上・下肢CPG間の相互作用をさらに詳細に検討するために、被験者に定常的な上・下肢ペダリング運動中に上肢(もしくは下肢)にペダリング速度を随意的に増加、低下もしくは停止する運動課題について検討を行った。その結果、下肢のペダリング速度の変化時にだけに上肢のペダリング速度が有意に低下することが明らかになった。この結果は、下肢ペダリング運動の速度の変化時に上肢CPGに対する干渉が強まる可能性を強く示唆する。さらに、本研究課題では、上述の下肢から上肢CPGに対する干渉効果が繰り返しの運動学週によって低減するか否かについて検討を行った。被験者には一回当たり30回の運動課題(定常的な上・下肢ペダリング中に下肢のペダリング速度を低下させる課題)を4日以上行わせた。その結果、2日目以降に下肢ペダリング速度変化時の上肢のペダリング速度低下が有意に減少した。この結果は、下肢CPGから上肢CPGに対する干渉は可塑的に変化することが示唆された。
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