ドーピング規制薬物のβ_2アゴニストのクレンブテロールは筋肥大と速筋化を誘導することが知られている。トレーニングによる筋の効果的適応を誘導するためにこの作用機序の解明は重要である。そこでこの薬物によるラット骨格筋の速筋(長指伸筋:EDL)と遅筋(ヒラメ筋:SOL)における変化と部位特異性を分子生物学的手法で検討し、β_2-adrenoceptor(受容体)のmRNA発現の減少をSOLにおいて認めた。また核内調節因子で筋分化のマスター遺伝子であるMyoDのmRNAの顕著な増加を遅筋(ヒラメ筋)で認め、さらに筋肥大において筋芽細胞から筋管細胞への最終分化に働くmyogeninのmRNA発現量が両タイプの筋肉で増加するのを認めた。これはこの薬物によるMyoDの形成促進のみならず筋細胞の分化促進も筋肥大に深く関与していることを示唆した。またトレーニングによる骨格筋肥大の重要因子であるIGF-1とMGFは、この薬物ではどちらの筋肉でも増加はなかった。これはトレーニングでは薬物よりも緩やかな適応が他のホルモンなどによって制御されている事を示唆するものである。また骨格筋形成のnegative regulatorのMyostatinのmRNA発現は、両筋ともに有意な変化はなかった。衛星細胞膜上のNotch1受容体はmyoblastの増殖をもたらし、細胞増殖に関連するシグナルを伝達し、衛星細胞は筋細胞膜上のDelta1 (Notchのリガンド)から増殖のシグナルを受け、筋への核の提供を行い筋肥大に寄与する。そこでNotch Signalingへの影響を調べるため、Notch1、そのリガンドで筋分化過程に関与するJagged1とDelta-like1、Notchの細胞内ドメインNICD (Notch Intracellular Cytoplasmic Domain)の核移行を制御するNumbのmRNA発現量について検討を行った。その結果、Notch1のmRNA発現にこの薬物は影響しないことが示唆された。またNotch1とそのリガンドのJagged1、Delta-like1、Notchの細胞内ドメインの核への移行を制御するNumbへの影響では、Notch1、Jagged1のmRNA発現はSOL、EDLともに変化がなかったが、Delta-like1、NumbのmRNA発現はEDLにおいて有意な増加が認められEDLでの筋肥大に関与していることが示唆された。しかし、これらのマーカーはガン細胞の増殖時にも増加することから、薬物による急激な筋肥大刺激には十分な注意と詳細な検討が必要であることが示された。
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