ブラジル・サッカーから連想されるイメージ、プレイスタイルの理想像、競技観や理念等を「ブラジル・サッカー像」と呼び、本研究ではその形成過程を歴史的に明かにすることを目的とした。予備調査として実施したブラジル・サッカー史研究の動向レビューから、ブラジル人による自国サッカー史の見方が大きく三つの時期を画して変化する傾向を指摘した。それらの各時期について、第一にブラジル・サッカー史叙述に作用した社会背景とサッカー界の動勢を明らかにし、第二に代表的な言説を提示した重要人物を取り上げ、言説を規定した思想的立場や研究手法を検討し、そして第三に各々の時期に出現するブラジル・サッカー像がどのようなものであったかを考察した。結果として、第1期(1940年代〜1960年代)にはマリオ・フィーリョ(Mario Filho)の言説に特徴的な「リオデジャネイロの黒人・混血選手に注目するローカルな見方」、第2期(1970年代〜1980年代)にはダマータ(DaMatta)に特徴的な「ブラジル社会を生きる国民[民衆]に注目するナショナルな見方」、第3期(1990年代〜現在)にはアントニオ・ソアレス(Antonio Soares)等に特徴的に見られる「世界の中にブラジル・サッカーを位置付けるグローバルな見方」という三つの見方に対応したブラジル・サッカー像が確認された。本研究の分析を通して、ブラジル人による自国サッカー史の見方の歴史的変化が「ブラジル・サッカー像」の形成過程にも影響を与えてきたのではないか、という仮説を検証した。
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