近年、日本でもストレスを癒すことを目的としたアロマテラピーが普及している。しかし西洋で伝統的に用いられてきた精油が用いられる場合が多く、必ずしも日本人、特に高齢者の嗜好に合致するものではない。本研究は、日本の伝統的な季節行事に利用される植物“香気成分"の自律神経調整機能を明らかにし、日本人の嗜好に合致した抗ストレス芳香性素材を開発することを目的とした。マウスにおける行動薬理学的実験では、白朮、松葉、白桃、桃仁、艾葉、菖蒲根、竹葉、菊花、呉茱萸などの植物材料から得た揮発性香気成分もしくはジャーマンカモミール、ペパーミント、ラベンダーの精油を密閉ケージ内に予め定量的に充満させ、新奇環境に曝された際のマウス自発運動量の増大に対する抑制効果を、抗ストレス・鎮静作用の指標として評価した。その結果、白朮、呉茱萸の香気成分がラベンダーと同等の鎮静効果を示すことを初めて明らかにした。この鎮静作用は臭覚破壊マウスでは認められず、本効果は香りを介したものであった。香りの効果を評価するためには、微細な生理的変化を明確に検出できる系が必要である。そこで、ヒトにも小動物にも応用可能な非侵襲的評価系の構築を検討する目的で、まずヒトにおいて種々のストレス負荷時の自律神経系の変調を、脳波、心電図、末梢血流量、末梢皮膚温及び唾液中の成分に着目して評価した。その結果、脳波中のα波やβ波、心拍R-R間隔変動のパワースペクトル値、唾液中のクロモグラニンAやアミラーゼ量は、個人差等による変動が極めて大きく評価が困難であった。一方、心拍数や心拍R-R間隔の変動係数は、ストレス負荷の有無を明確に識別でき、個人差が少なく、ストレス度やリラックス度を評価する指標として好適であることを確認した。本系では、コーヒーの摂取効果も検出できた。今後、マウスやヒトにおける香りの生理的作用の評価に応用していく予定である。
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