本年度は、相補媒質の動的性質について理論的研究を行った。相補媒質とは、波が媒質中を移動する際に変化する位相と振幅の情報を打ち消す媒質のことを言う。これは、従来は電磁波について導入された概念であり、媒質と相補媒質の界面では負の屈折が起こること、また、相補媒質を用いるとエバネッセント波を増幅し、回折限界を超えて結像するスーパーレンズを作成することができることなどが理論的に示されている。本研究代表者は平成17年度に、相補媒質の一般的な定式化を行い、それを利用して電子の相補媒質およびグラファイト格子の相補媒質系を構成する界面構造を提案し、これらの系で実際に解像度が向上することをシミュレーションで示した。相補媒質は、本来は周波数が一定の定常状態について定義されるものであるが、本年度は相補媒質の非定常的な性質すなわち動的性質を理論的に研究した。 まず行ったことは、波束の相補媒質中でのふるまいの研究である。波の分散があると波束は一般に時間とともに広がり波束の崩壊が起こる。ところが一旦広がった波束が相補媒質中に入ると、逆に波束が収縮しもとの状態に回復することがわかった。これは擬似的な時間反転とも言える。このことは、ナノワイヤーを通じて情報を伝達する際に、相補媒質を分散補償として使える可能性を示している。 次に行ったことは、エバネッセント波による界面状態の励起に関する研究である。グラファイト格子の相補媒質系に不純物を導入し、波束を入射させてシミュレーションを行ったところ、界面に並行な方向にも局在した状態が励起されることがわかった。このことは、ナノワイヤーとその相補ナノワイヤーを用いると、それらの界面の波長以下の領域に局在した状態を励起できることを示している。
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