Pseudomonas属細菌MIS38株が産生する環状リポペプチドArthrofactinは極めて高活性の界面活性を有すると共に、一部の有害微生物に対する生育阻害活性をもつ。これまでにArthrofactin合成酵素群をコードする約40kbに及ぶ全遺伝子領域の取得に成功し、その構造解析からArthrofactinは非リボソーム型ペプチド合成酵素複合体(NRPS)により合成されることが分かっている。本年度においてはArthrofactin合成反応に関する分子メカニズムを明らかにするために、Arthrofactin合成能変異株を取得しその変異遺伝子解析を行った。具体的には接合伝達を用いてTn5トランスポゾンをMIS38株に導入して、ゲノムの遺伝子にランダムに挿入変異を持つ変異体ライブラリーを調製した。環状リポペプチドの産生能の低下に伴う細胞機能の変化や、コロニー形状の違いを指標にして、合成能に異常を持つ変異体を多数取得することができた。ほとんどの挿入変異は、合成酵素本体であるNRPSをコードする遺伝子領域に検出されたが、これらに加えて、合成酵素遺伝子の転写制御に関わる環境応答型の転写因子や、熱応答因子、更には、細菌のストレス応答を高次に制御するシグナル因子系の遺伝子機能が、環状リポペプチドの合成系の制御遺伝子として特定された。さらに、合成酵素遺伝子の下流に細胞外への輸送に関与すると予想されるトランスポーター遺伝子を見い出した。今後は、同定された遺伝子機能の、細胞内や生育条件での作用機序を精査することにより、環状リポペプチドを産生する細菌の真意や、その活用法について有益な情報を得ることが可能になると思われる。
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