今年度は、昨年度までに収集した史料群のなかから、2人の注目すべき女性に関わる史料の分析を行った。17世紀空位期イングランドでクロムウェルのニューモデル軍に密接に協力しつつも次第に距離を置かれ迫害され消滅した武闘派の急進派セクト第五王国派の預言者であるアナ・トラプネル、そして、同じく17世紀半ばソールズベリーにて魔女嫌疑で処刑された女教師/治癒者アン・ボーデンハムである。 トラプネルは、イエス王による第五王国が現実のイングランドにおいて樹立されるヴィジョンを語り、多くの人々の支持を得た女性である。ホワイトホールでの預言から、コーンウォル地方への行脚、ブライドウェル監獄収容の過程を記録する史料は、その語り口や形式そのものが、当時の人々が世界観を授受するコスモロジーを物語っている。彼女自身の意志や身体感覚が全く閉ざされ、神にのみ開かれた身体を媒介に、水や風、乳、蜜、涙、血といった流体として語られる神の霊がそこを貫通し人々に流される。宇宙と人間が呼応する世界観のなかで、預言が意味を有していたのである。 ボーデンハムは、近隣の子どもの読み方教師であり、また人々の日常生活に関わる助言者であった。盗難物、喪失物の発見から健康問題まで、様々な相談をうけ生計をたてていた。男性占星術師に伝授された木星や太陽、ハーブ、ガラス玉と秘本の力によるコスモロジーに支えられたその行為からは、当時の世界観と身体観をみてとることができる。 彼女たちの活動を伝える史料は、空位期という出版規制弛緩期に氾濫したパンフレット群に包摂されるものである。そこに成立した自由な言論空間は、当時の千年王国思想に支えられた階層転覆の夢を含んだセクト活動の場となり、多くの女性たちがその担い手となった。と同時に、語り、書く女性への椰楡や非難文書もまた数多く出された。劣った性としての女性観は存在しつつも、トラプネルやボーデンハムの説教、治癒行為における身体への意味付与において、性差は大きく影響するものではなかったことが明らかとなった。
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