本研究の大きな目的は、女性の身体が出産や養育機能をもつものとして生物学的、医学的まなざしの対象とされていく系譜を辿ることである。今回は、その基礎作業として機能的身体観、さらに母役割への期待が成立しつつある、しかし依然宇宙との連関的身体観が根強い17世紀イングランドで預言や治癒(当時においては連続的な行為)に携った女性の記録に注目した。身体象徴によって意味づけられた彼女たちの行為の記録からは、それを受容していた人々のコスモロジカルな世界観と、その複雑な性差認識をみることができた。 17世紀中葉イングランドでは、千年王国思想のもと多数のセクタリアン平信徒たちが人々を魅了していた。空位期の出版規制の弛緩による自由な言論空間で、多くの女性が説き、教えていた。また占星術による治癒行為には、男女ともに従事し、人々の日常生活の相談事に応えていたのである。 女性説教師への非難文書は、悪霊を運びやすい弱い性としての女性像を強調する。女性による説教への禁忌観は、共餐等の儀式における神/悪霊との交感への恐怖として語られる。この流動的身体観が人々に共有されていたことは、第五王国派アナ・トラプネルの記録からもわかる。その預言は、水や風などの流体として語られる神の霊が彼女の身体を貫通して人々に流出されるコスモロジーに支えられていた。しかしそれは女性や預言者に限定されるものではななく、医者、治癒者が身体に向かう行為もまた、預言者が魂に向かう関係に相似的なものであった。さらに、近隣の多くの人々が日常の様々な相談をしたアン・ボーデンハムの治癒行為は、男性占星術師に教授された秘伝である、木星や太陽、ハーブ、ガラス玉と秘本の力に依っていた。説教や治癒行為に従事していた女性の記録は、流動的、連続的な身体観のもとで劣位に位置づけられ忌避される女性と同時に、そのようななかでも人々に広く受け入れられた、霊の媒介者としての女性を映し出す。身体は、未だ個に閉じられ器官と機能として語られるものではなかったのである。
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