平成17年度は、これまでのコンピュータを介したコミュニケーションについての研究を踏まえた上で、ジェンダー分析の新たな知見に注目し、その知見がコンピュータを介したコミュニケーションの展開にとってどのような意味をもつのかを明らかにすることを試みた。その際に特に注目したのは、そのコミュニケーションのもつ倫理的可能性である。 本研究では、最初に、インターネットの登場以来、コンピュータを介したコミュニケーションによりユルゲン・ハーバーマスの言う「理想的発話状況」が実現されるとする議論が展開されてきたことをおさえた。次に、従来のコンピュータを介したコミュニケーションのジェンダー分析が、そのコミュニケーションには現実世界のジェンダー構造がそのままもち込まれており、そのことが現実世界における男女間のヒエラルキーの維持・強化に加担していると指摘してきたことをおさえた。続いて、心理学者シェリー・タークル描き出したインターネット時代の「自己」の多元性とそうした「自己」の広がりについて考察を試みた。本研究者は、その考察を通じて、「自己」の多元性に拠って立つジェンダー・スワッピングの試みのうちに、現実のヒエラルキーから解放されたコミュニケーションの実現とそれによる現実世界の再編の可能性が示されているのではないか、と考えるにいたっている。というのも、本研究者は、情報社会において日常的に経験されるようになった多元的な「自己」は、ラディカル・デモクラシーが提示してきた既存の「倫理」への「異議申し立て力」をもつが観念的であった「自己」像が現実のものとなりつつあることを示しているのではないかと考えるからである。今後は、この倫理的可能性についての知見を理論的により洗練させるとともに、実際のコンピュータを通じたコミュニケーションの更なる分析を通じてその可能性を跡付けていきたいと考えている。
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