平成18年度は、コンピュータを介したコミュニケーションは男女間のヒエラルキーから解放されたコミュニケーションの実現とそれによる現実世界のジェンダー構造の再編の可能性をもたらすとする議論が、どのような理論的な基盤をもちうるかについての考察をさらに深めた。その際に取り上げたのは、ラディカル・デモクラシーの論者ラクラウとムフの「主体」に関する議論である。「主体」を様々な「主体位置」と捉えるラクラウとムフは、その「主体位置」は、それが不安定で閉じることのない言説によって編成されるものであるがゆえに、完全に分離することはなく、「類比」や「相互浸透」を通じて重層的に決定されるものであるとし、重層的な決定の状況にある「自己」がもつ「意味の余剰」こそが、「抵抗」の可能性を生み出すと論じている。こうしたポストモダンの哲学、および、その倫理学の知見に基づいて、コンピュータを介したコミュニケーションが男女間のヒエラルキーから解放されたコミュニケーションの実現と現実世界のジェンダー構造の再編の可能性をもたらすことを示唆するジェンダー研究の理論的基盤を洗練させることを試みた。 また、平成18年度は、現在の日本のコンピュータを介したコミュニケーションにおいて、男女間のヒエラルキーから解放されたコミュニケーションの可能性、および、現実世界の支配的配置の再構成の可能性が現れている局面を探求することも試みた。具体的には、REASというサイトを利用してインターネット上のアンケート調査を実施し、オンライン・ロールプレイイング・ゲームのプレイヤーに、インターネットにおけるジェンダー・スウィチングの経験の有無、および、その経験の現実の自己や生活への影響について尋ねた。3月中に100名を超える回答を得たため、分析を始めたところである。
|