本年度は、研究実施計画に従って、(1)知覚経験の内容が概念的であるのか否か、(2)知覚経験による信念の正当化はどのような特性を持つのかという二つの問題を、おもに分析哲学の手法に依拠して集中的に検討することに当てられた。 本年度における研究の最も重要な成果は、『哲学雑誌』(120巻792号)に掲載された「知覚経験の規範性」のうちで発表されている。この論文では、知覚経験は概念的であり正当化の「理由の空間」に統合可能であるという、マクダウエルの主張を、その反対者の議論と対比しながら検討した。 知覚経験が非概念的であるという反論に対しては、経験という位相において世界の理解を可能にする、概念の背景的なネットワークという発想によって、経験の概念的性格をとらえる見方を提案した。 より根源的な批判、つまり、知覚経験は、認識論的な文脈においては、そもそも不要なのではないかという批判に対して二つの仕方で応答している。第一に、認知科学の成果を援用しつつ信頼性主義が引用する反対事例は、「正当化」という観念を不必要にはせず、識別能力としての知覚を理由の空間に組み込むことを必要としている。第二に知覚は、識別能力としては必要ではあるが、経験である必要はないのではないかという、ブランダムの根底的な批判に対して、知覚の「不確定性」の概念を提案するノエの知覚論に依拠しながら、「経験」としての知覚の意味を、明らかにした。この作業において、知覚経験を存在論的にどのように把握すべきかについて、直接実在論的な描像を提出している。
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