本年度も前年度に引き続き、心理学や脳科学をも含めた新しい感情研究文献の収集と読解、カント自身の実践哲学関係著作の読解、そして、カントにおける行為を対象とした研究文献の収集と読解を行った。研究の地盤はだいぶ固められてきたように思う。 現時点で研究成果として挙げうることを記す。 現代の哲学的感情研究のうち、英語圏のそれには一つの問題がある。すなわち、歴史性の忘却である。英語圏の感情研究は、思想史、思想的意味に対する考慮がいささか乏しい。これに対してドイツ語圏の研究は自覚的に歴史性を顧慮している。それは、今この時点において人間の感情を研究することが何を意味するのかという実存的次元にまで及んでいる。今後はこの点に注意して収集と読解を進めていかねばならない。 カントは「自己満足」(Selbstzufriedenheit)という概念を公刊著作ではただ一度、『実践理性批判』でしか用いていないが、アカデミー版カント全集に収められている手書き遺稿ならびに講義録では、かなりの回数で用いている。しかも、時期的にはいわゆる「批判期」に多い。さらに、その際の文脈は、神的存在者と人間という有限な存在者とを対比もしくは類比関係で論じる文脈である。ここから明らかになるのは、自己満足が、有限な乏しき存在者である人間の、現実的人間の、一定のあり方を表現し、そのあり方において人間を包む感情だということである。 以上の二点を出発点として、すでに文章化の作業を開始した。問題連関が多岐にわたることが予想されたので、暫定的な研究記録としてでも、かたちにしておくべきだと判断したからである。これがおそらく最終年度の報告書の下敷となるだろう。
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