本年度は大きく分けて二つの作業を行なった。 一つは、カントの『実践理性批判』で「自己満足」概念が述べられる文脈と、それを踏まえた上でこの概念の展開可能性を見極める作業である。この概念は、「純粋実践理性の弁証論」における「実践理性のアンチノミーの批判的解消」で登場する。この事実が一つの難関をなす。「弁証論」や「アンチノミー」が実践理性について語られるというのは、そもそもどういうことであるのか、というカント研究史上の問題である。それゆえ、実践理性の弁証論にテーマを絞った研究文献を渉猟・検討した。 こうして「最高善」そして「幸福」のカント実践哲学における位置を確定する作業を行なった結果、「自己満足」の位置と意義がより鮮明になってきている。おそらく、最終的に次のように言えるであろう。普遍的なもの、超感性的なものは、「感じ取られる」。 二つめは、現代の感情研究である。これまでの研究で基本線は確認されているが、最新の研究では、いわゆる「認知主義」的な感情理解にとどまらず、それを批判してさらに先に進んだ見解が提起されているので、それらを追跡・検討した。また、脳神経科学などにの自然科学的な感情研究もいくらか検討し、大いに刺激を受けた。 これによって、感情一般ではなく「満足」、「幸福感」など、具体的個別的次元に足を踏まえることの正当性が明らかになってきている。
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