本年度の初めには、シェーラーの哲学的人間学全般について研究する計画であったが、研究を遂行する過程において、当初のテーマ設定は単年度で遂行するものとしては広すぎるものであることが明らかとなった。そこで、本年度はシェーラーの知覚論に焦点をしぼって研究することとした。研究の結果、つぎのようなことが明らかになった。シェーラーの人間学的知覚論は、当時の実証主義的・機械論的・要素主義的な経験的心理学に反対して、知覚の「衝動的=運動型の制約性」を主張するものであった。シェーラーは、「認識と労働」(1926年)において、W.ケーラーらのゲシュタルト心理学の成果に依拠しながら、伝統的な経験論哲学に由来する生理学的心理学(H.ヘルムホルツら)を批判している。シェーラーによれば、知覚とは、要素的な物理的刺激に対する機械的・受動的な反応なのではなく、生体の生命的衝動や能動的運動と不可分のものである。さらに、生体の生命的衝動や運動は、生体の周囲の環境世界とともに、知覚の全体的な状況を構成している。このようにして、シェーラーは、知覚も環境世界内での「行為」の一環であると考え、行為主体と世界との相関関係のもとに知覚を考察しようとする。このような観点は、ゲシュタルト心理学のみならず、J.Jユクスキュル、A.ポルトマンなどの生物学思想に大きな影響を受けて形成されたものである。このように、シェーラーの人間学的知覚論には、フッサールに由来する現象学的な分析と同時に、当時の生命諸科学の成果が取り入れられているということが明らかになった。本研究の成果の一部は、雑誌論文「後期シェーラーの知覚論-「認識と労働」をめぐって-」(『思索』第38号)にまとめられた。
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