本年度においては、1.シェーラーの現象学的な価値感得の理論と彼の認識論との関連、2.後期シェーラーの人間学や形而上学と中期シェーラーの現象学的価値理論との関連、という2点に焦点をしぼって研究をおこなった。2についてはおおむね計画通りの成果をあげることができたが、1についてはあまり成果をあげることができなかった。まず、2についてであるが、『宇宙における人間の地位』に代表される後期シェーラーの人間学や形而上学は、『倫理学における形式主義と実質的価値倫理学』の時期(中期)における価値の階層性をめぐる議論を発展・展開させて形成されたものであることが明らかになった。シェーラーは後者の著作において、諸価値が「感性的価値」、「生命的価値」、「精神的価値」、「聖価値」というアプリオリな位階をなしているということを現象学的に記述したが、『宇宙における人間の地位』における生命の階層理論や「精神」の自律性を謳う理論は、この価値の位階と対応していることが分かる。つまり、中期の現象学的価値理論は後期の人間学や形而上学の基礎をなしているのであり、逆に後期の著作は、中期において暗黙のうちに前提とされていた人間学を明確に理論化したものと捉えることができる。さて、シェーラーの価値理論によれば、上位の価値は下位の価値から相対的に自立した秩序を形成していて、上位のものを下位のものに還元することはできない。私は、このようなシェーラーの考え方を応用して、人間の道徳は遺伝子のはたらきによって全面的に説明しつくされるとする還元主義的思考法を批判する旨の論文を執筆した(11の[雑誌論文]の項参照)。一方で、1の課題についてはあまり十分な成果をあげることができなかったので、来年度も継続して研究したい。
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