本年度は、1.シェーラーの現象学的な価値感得の理論と彼の認識論との関連、2.シェーラーと自然主義との関連、という二点にしぼって研究をおこなった。以下に、その概要をまとめて記す。 まず、私は、『倫理学における形式主義と実質的価値倫理学』におけシェーラーの価値感得の理論が、リッケルトやヴィンデルバントといった新カント学派の影響のもとに、それを批判するなかで形成されたものであることを明らかにした。新カント学派は、価値認識の問題を単なる道徳の領域に限定せず、論理学・倫理学・美学といったあらゆる人間の認識に共通の問題として捉えており、この点はシェーラーの評価するところとなっている。しかしながら、その価値理論は主知主義的かつ主意主義的であり、人間の現実の価値認識のあり方を忠実に記述しているとは言いがたい。シェーラーはこの点を批判し、価値認識は情緒的なものであることを主張すると同時に、相対主義に陥らずに客観的価値を記述する方法として現象学を採用したのである。 さて、シェーラーは、あらゆる表象的な知覚に先立って価値の感得がおこなわれていると考え、表象主義的・感覚主義的に知覚を理解していく経験主義的認識論を批判している。このことによって、シェーラーの認識論は一種プラグマティズムに近いものとなっており、今日の進化論的認識論と同様の傾向をもっていると言える。しかしながら、すでに平成19年度の研究で明らかにされたように、シェーラーは人間が感得する価値を生命的なものには限定せずに、価値の階層理論を展開している。今日の進化論的倫理学(たとえばE・O・ウィルソンのそれ)は、価値を生命的価値に限定してしまい、そこから派生したものとしてあらゆる価値を説明しがちであるが、私は、シェーラーによる価値の階層理論を、このような自然主義に対する批判として解釈しなおし、その現代的意義を評価した。
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