以下のように、分担して作業と考察を行った。 小林:1.章炳麟の思想の重要な概念の一である「自主」観念を、清末思想と明治思想の中で考察した。「自主」観念はlibertyやfreedomの観念と関係があり、明治では前半期に用いられ、やがて「自由」の語に取って代わられたこと、中国では、日清戦争後に多く用いられて「自由」の語と併用された、また国家の独立、自由権、自立できるエートスなどを意味したことを明らかにして、章の「自主」概念の独自性を見定めた。2.章の反功利主義的倫理観を初期より辛亥前まで整理し、その基本的性格を伝統思想の中で検討して、さらに功利主義批判の一つである「倶分進化論」を明治思想と比較検討した。その結果、章の反功利主義は伝統的な「功利」理解の延長線上にあり、「倶分進化論」は、明治思想の中でも高山樗牛の論文と関係が深いことが分かった。 佐藤:1.梁啓超の「公徳-私徳」概念の背景を探るため、「新民説」執筆当時に日本で出版されていた書籍で論議されていた「公徳-私徳」概念を調査・整理した。その結果、梁に対する影響は、福沢にとどまらず明治思想界全般(特に教育界での公徳養成に関する議論)からのものであったことが確認できた。2.「公徳」とは、広い意味で国民国家を成立せしむるために国民が持つべきエートスと定義しうるが、明治期の論調でも、新たに「社会」で遭遇する他者との、功利主義的な人間関係と、「国家」という「想像の共同体」への忠誠心という二つの要素を含んでいたことが確認された。3.梁啓超の「私徳」強調への転換(「公徳」養成の時期尚早論)は、「国家」の未成立に伴う、功利主義的倫理受容の失敗を意味するが、そこには井上哲次郎の朱子学的「公徳」解釈が大きく影響していることが分かった。
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