本年度は、まず、中井履軒の『孟子逢原』の性論に関する章の訳注をまとめた。これまでの研究を通して、履軒の考える聖人像に関する理論の基盤となるものが『孟子』であり、特に『孟子逢原』の性善説に関わる章に対する履軒の見解を明確にする必要があった。性論に関わる『孟子』の関係章の訳注作成はそのために最低限必要な作業である。ただ、本年度は『孟子逢原』の序説の個所が完成したのみであり、今後も訳注作成作業は継続する必要がある。 次に「聖人」の語以外に理想像を表わす用語を取り上げて、「聖人」の語と比較して履軒の聖人観を明らかにする予定であったが、昨年度から検討していた履軒の性善説について、特に「拡充」の語をめぐって、伊藤仁斎と履軒との立場の類似性が明らかになってきた。従って、さらに『孟子逢原』を中心に「拡充」の語を検討し、やはり、仁斎も履軒も大きな枠組みの中では朱子学の範疇にあることを明らかにした。 また、日本近世儒教史上における懐徳堂学派の思想史的位置づけを再構築するという本研究の目的を達するべく、懐徳堂学派の教育思想に注目して、一次資料の収集に努めた。具体的には中井履軒の兄で懐徳堂第四代学主の中井竹山の『草茅危言』など、懐徳堂学派の教育思想に関する一次資料を多く所蔵する大阪大学附属図書館懐徳堂文庫、大阪府立図書館等において実見調査を行なった。その成果については今後の研究活動において公表してゆく予定である。
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