本研究は、中井履軒の四書解釈を検討し、日本近世儒教思想史における中井履軒の朱子学思想の思想史的意義を解明することを目的としたものである。 平成17年度は、中井履軒の『論語逢原』の内容を検討して、履軒の「権」の思想に、現実に対して融通無礙に対応する聖人像の本質が示されていることを明らかにした。次に、性善説について履軒の思想を検討し、善の自覚を聖入の要件とする履軒の人間観の特徴を解明した。さらに、『孟子逢原』『中庸逢原』から「聖人」の語を抜き出して、その性格ごとにデータベース化した。 平成18年度は、中井履軒の『孟子逢原』『中庸逢原』の検討を通して、彼の聖人観の分析を行ない、ともに『論語逢原』と同様、聖人が理想的統治者・理想的人格者の性格を併せもつことを明らかにした。さらに伊藤仁斎・荻生徂徠の聖人観と履軒の聖人観を比較検討して、仁斎・履軒が朱子学の立場と共通する理想的人格者としての聖人観を保持していることが解明された。 平成19年度は、まず、『孟子逢原』の性論に関する章の訳注をまとめた。次に性善説に関して、仁斎・徂徠・履軒の立場を比較検討して、仁斎・履軒が基本的に性善説の立場を保持する立場にあることを解明した。従って、聖人観も性善説も仁斎・履軒に共通点があることが明らかになった。結局、仁斎も履軒も大きな枠組みの中では朱子学の範疇にあり、特に履軒の朱子学、すなわち懐徳堂の朱子学は、近世後期朱子学派に直接つながるものであることが明らかになった。それによって、江戸時代初期の朱子学派と、近世後期朱子学派との間に懐徳堂学派が位置して、初期と後期との両者を結ぶ存在として日本近世儒教思想史中に位置づけなおされることを解明した。
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