研究概要 |
課題とした大乗涅槃経は3-4世紀には編纂されたとみられる大部の大乗経典であるが、いちどきに制作されたものではなく、成立の順序において古層、中層、新層にほぼ三等分割されるとともに、そこには初期大乗仏教から中期大乗仏教にかけての歴史的変容の過程が現れている。今回の研究では、この三部分のうち中層部分についての詳細な文献学的解明を行った。 大乗涅槃経には中央アジアから発見されたサンスクリット語写本、5世紀に中国で翻訳された二つの漢訳、10世紀に訳されたチベット訳という系統の異なる翻訳が存在する。今回の研究においては、このテクストのうち中層部分にかんしてチベット訳からの和訳を試み、それを基準としながら、同一テクスト内における三部分の異層間の差異、異訳テクスト間の差異、他の仏典との関係、という三点に留意しながら、詳細な注をほどこす作業を行った。(ただし、この成果については、チベット訳の批判的校訂テクストを出版したのちに公表する予定である。) この翻訳の完成作業は、現存するチベット訳から実質的にサンスクリット原典を復元する作業に等しい部分がかなりの割合を占める。これによってサンスクリットが散逸した貴重な仏典が古代インドの文脈において復活するとともに、今日までの仏教におけるさまざまな文献学的研究の成果が反映される。それはたんに邦訳としてひろく便宜を提供するのみならず、経典研究のためのささやかな工具書としての役割を果たすだろう。 この中層部分は三昧を主題とする経典であるVimalakirtinirdesa, Suramgamasamadhisutra,さらに大衆部系統の『内蔵百宝経』Lokanuvartanasutraなどと深い関係を持ち、かっ新層に現れる如来象思想への橋渡しをする重要な部分である。加えて、ブッダゴーサの経典解釈法を適用した論の展開をなしていることも明らであり、経典の形成発展が、前時代のさまざまな要素を総合しながら進められることが明らかとなった。
|