研究概要 |
紀元後3-4世紀には現在のかたちへと編纂されたとみられる大部の大乗経典<大乗浬槃経>は、成立の順序において古層、中層、新層にほぼ三等分割されるとともに、そこには初期大乗仏教から中期大乗仏教にかけての歴史的変容の過程が現れている。今回の2年にわたる研究では、この三部分のうち中層部分についての文献学的解明を行った。 この中層部分は三昧を主題とする経典であるVimalakirtinirdesa, Suramgamasamadhisutra,さらに大衆部系統の『内蔵百宝経』Lokanuvartanasutraなどと深い関係を持ち、かつ新層に現れる如来象思想への橋渡しをする重要な部分である。 加えて、ブッダゴーサ(5世紀、スリランカ)の「経典解釈法」を適用した論の展開をなしていることが注目され、経典の形成発展が、前時代のさまざまな要素を総合しながら進められることが明らかである。それらは(1)自身の意図によって説かれた教説(atmadhiasaya)、(2)他者の意図・希望に沿って展開された教説(paradhyasaya)、(3)質問の力によって引き起こされた教説(prcchavasika)、(4)具体的事件を契機として説かれた教説(arthotpattika)という4つに分類される。浬槃経(中層)の膨大な分量は、これらの4つの教説の形式に従っている。これまで注目されてきた仏の行為を世間に従った仮の姿と見る説、解脱の様相をさまざまに具体的な比喩に託す説は、いずれも(4)具体的な事件を契機として説かれた教説に含まれる。 浬槃経の中層部は古層部にたいする経典解釈部分にあたり、そこにおいては、世界を超えた存在である仏が、具体的できごととしてあらわれ、かっ、言語表現によって現れてくるという、一貫した解釈学的態度がとられている。
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