本研究の主たる目的は、チベットの僧院で長年にわたり保存されてきた梵語仏典写本のうち、近年ようやくアクセスが可能となった重要な写本のひとつである、ディグナーガの主著『集量論自注』に対するジネーンドラブッディの『複注』第3章の正確な翻字と批判的校訂とを完成し、公刊することである。 同章は、「他者の為の推理」と呼ばれ、論証を構成する「主張」と「理由」に関するディグナーガの自説を提示し、先行するヴァスバンドゥの『論規』、インド哲学諸派のうちニヤーヤ、ヴァイシェーシカ、サーンキヤ学派の論証に関する諸説を批判している。平成20年度には、第3章の前半に提示されるディグナーガの自説部分に対する『複注』の翻字と批判的校訂を完了し、さらにその成果にもとづいて当該部分の『集量論自注』の梵語還元テキストを完成した。引き続き、既に完了していた『論規』批判に対する『複注』の批判的校訂を再検討し、当該部分の『集量論自注』の梵語還元テキストを完成した。第3章全体の批判的校訂を完了することはできなかったが、すでにニヤーヤ学派の論証説批判に対する『複注』の批判的校訂はおおよそ完了しているので、全体の3分の2程度の仕事は完成していると言える。引き続き、第3章の残りと論証を構成するもう一つの要素である「喩例」を扱う第4章の正確な翻字と批判的校訂とを完成することを目指す。これらの成果は、資料を提供してくれたオーストリア学士院と中国蔵学中心との共同出版として公刊される予定である。 なお、平成20年10月蔵学中心で開催された「北京蔵学討論会2008」に招待され、本研究の成果を報告すると同時に、オーストリア学士院のシュタインケルナー教授をはじめ、世界各国の梵語仏典写本研究者と意見を交換することができた。
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