本研究の目的は、ドイツ、12世紀の女子修道院長ヒルデガルト・フォン・ビンゲンの三大幻視著作を中心に、そのテクスト解釈と写本挿絵の分析を通して、彼女の思想を多角的に考察してゆくことである。本年度は、まずヒルデガルトのテクストのうち第一、第三幻視書の精読をおこない、挿絵写本が残っているものには、テクストと図像イメージとの関連を考察した。 とくに第三幻視書『神の御業の書』は、ヒルデガルトのヴィジョンの集大成ともいえる作品で、さまざまな特徴が見出されることが明らかとなった。カリタス(愛)というモティーフがこのヴィジョンでは何度も登場するが、とりわけ最初と最後ではとくに重要な機能を果たし、ちょうど円環をなすような論点を提示していることが理解できた。このようなカリタスの数度におよぶ登場はヒルデガルトの歴史観に基づくものである。というのも、歴史の流れを直線的ではなく円環的にとらえている点が、ヒルデガルトの特徴であるからである。そこには止留-発出-還帰という弁証法的円環運動というテーマに基づく新プラトン主義の影響をみてよいだろう。ヒルデガルトが参照した資料問題は現在活発な議論がなされているが、エリウゲナの議論を知っていた可能性は否定できないと思われる。 またカリタスの働きはテオファニア(神の顕現)のなかでおこなわれるが、カリタス以外にもこのような働きをなすvirtutes(諸力・諸徳)がいくつもあり、virtutesという概念もヒルデガルトのヴィジョンにおいて非常に重要なモティーフであると理解できる。 三大幻視書全体をみるとそれが三位一体論と重なるという見方もある。その場合、『神の御業の書』のカリタスは、聖霊のペルソナに該当するとみなすことができる。今後、カリタスとロゴス、カリタスと聖霊については具体的なテクストを正確に読み取りつつさらに多角的な考察を進めてゆく必要がある。
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