研究概要 |
平成18年度は、ヤスパースにおける「交わり」概念の形成を跡づけるため、キェルケゴールやカントの影響を受けてヤスパースが心理学から哲学へ移行していった時期の『世界観の心理学』(Psychologie der Weltanschauungen,1919)を主として扱った。 『世界観の心理学』はさまざまな世界観を叙述し、無限者の探求に向かう実存のあり様を示そうとした著作である。この中ではヤスパース独自の哲学は確立されていないが、後年の思想の萌芽は見られ、「交わり」につながる概念としても「間接伝達」と「了解」がある。ヤスパースは、実存の伝達をキェルケゴールにならい、「間接伝達」と規定する。実存は対象として把握されず、対象化されるものを素材としつつ、それらを動かす精神的な力として間接的に把握される。また、ヤスパースは世界観の考察を「了解」(Verstehen)と規定する。「了解」はディルタイに由来し、事象の客観的な分析ではなく、全体的な構造連関における理解を指す。『世界観の心理学』において「了解」は、「愛ある闘争」という規定を与えられている。「愛ある闘争」は、無限者への関係において自他が互いに仮借なく吟味し合い、それを通じそれぞれの自己が明らかになっていく過程であり、後年の「交わり」の規定の一つである。 『哲学』(Philosophie,1932)においては、実存は「自由」として規定され、主客を越えた超越者が自由の根拠とされる。このことにより、『世界観の心理学』では別個に論じられていた「間接伝達」と「了解」は、「交わり」の下に統一され、対象化されない実存の自由の実現の場であり、同時に超越者の顕現の場という「交わり」概念が成立したと考えられる。
|