ドイツ・ロマン主義の画家、カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの芸術をその近代的視覚性と思考を論点に研究を進めた。なかでも《画家のアトリエからの眺め》(1805/06年)、《海辺の修道士》(1809年頃)、《大狩猟場》(1832年頃)を取り上げ、フリードリヒの風景画における近代性を、初期ロマン主義のノヴァーリスやフリードリヒ・シュレーゲルの「断片」の思想に関連させ、考察した。さらにこの絵画構成における「断片的」特質を時代の視覚の変容の次元から再考した。文献資料の調査については、ドレスデン美術館素描室で、フリードリヒの芸術批評「現在の芸術家と最近逝去した芸術家の作品を主とするコレクションを見ての意見」の原本を展覧し、画家の芸術観および自然観を第一次資料から確認した。ザクセン州立図書館においては、資料の収集と、複数の地図の参照によって、当時のドレスデンの実際の風景と、フリードリヒの風景画との比較を試み、これによってフリードリヒの風景画がそのモチーフとなった風景から自由に構成されていることが明らかになった。この事実の実証は、伝統的な風景画とは異なるブリードリヒのモンタージュ的風景画の近代性の裏付けとなる重要な作業であった。近代性の分析と並ぶもうひとつの研究課題であるフリードリヒの作品の時代性に関連して、リューベックのヤコービ教会など、おもに作品のモチーフとなったゴシック教会の調査を行った。書簡にはゴシック教会への傾倒は単なる過去への憧憬ではなく、新たな時代精神の誕生への期待に基づくことが綴られ、一方ナポレオン解放戦争時においてゴシック教会が愛国の象徴であった事実は、時代と取り組む画家の政治的アンガージュマンを示しているからである。なお、ドイツでの調査は、エルランゲン-ニュルンベルク大学のハンス・ディッケル教授との意見交換にも支えられ、行うことができた。
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