久野豊彦の全業績を、古書および復刻版書籍・雑誌類の購入と、日本近代文学館所蔵雑誌を中心とする初出形態によって把握し、テクスト内容の理解と分析に努めた。すべての初出本文を掌握し、以後の所収本文と照合して異同を明らかにしたほか、編年体の業績目録を作成し、遺漏のないように点検・精査を行った。 かたわら、本研究課題と密接に関連する単著『修辞的モダニズム-テクスト様式論の試み-』(ひつじ書房)および共著『横光利一の文学世界』(翰林書房)の編集と刊行を実現した。前者では、久野と同時代の作家、宮澤賢治・横光利一・阿部知二・川端康成・伊藤整らの作品を、レトリック分析とテクスト様式論の立場から究明した。これまで、作家像のイメージが先行して、十分に作品そのものを精緻に理解する作業がなおざりにされてきたこれらの作家の業績を、久野に通じる現代的な方法論によって、初めて明確に追究したものである。 また後者は、久野のライバルとも言える横光の文学世界の全体像を、新進の研究方法によって再構築することを試みた。本書所収の中村三春「横光利一の文化創造論」は、横光の文化理論を一種の記号学と見なし、それが戦前戦中期の時局にあって、いかなる意味を持ち得たかを考究したものである。これらの研究により、久野および新興芸術派の全体像の究明へと、一歩踏み出したものと言える。
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