平成20年度の研究実績としては、まず論文「古今伝授の想像カ-『古今和歌集両度聞書』・『古聞』を読む-」が挙げられる。東常縁から宗祗への古今伝授の内容を具体的に復元し、その文学史的意義を考察した。とくに我田引水であり牽強付会だと言われてきた「下心」「裏説」について、連歌などの創作の観点から考察する、という独自の視点のもとに、これらは、創作の想像力の推進力となった、という創見を導き出した。また、旧套墨守の典型のように言われる古今伝授に、想像力の発条となる「虚心」を称揚する論理を発見した。藤原俊成に始まる御子左家歌学の、中世的到達点を古今伝授の言説に定位した。次の研究実績として、『慈円難波百首全釈』の刊行が挙げられる。これは、渡部泰明主導のもとに、岡崎真紀子・木下華子・五月女肇志・平野多恵・山本章博・吉野朋美の若手研究者とともに、慈円の法楽百首の一つで、聖徳太子信仰に基づく百首である「難波百首」を精読したものである。藤原俊成の和歌の特色の一つに、仏教との関わりがあるが、和歌と仏教の関係の問題を集約するのがこの慈円という歌人であり、ほとんど注釈のなかった彼の作品を精読することには、それ自体画期的な意義があるとともに、これによって、俊成の文学史的意義づけも明確になってきた。第三の実綾として、論文「その後の万葉集源実朝を例として」が挙げられる。これは、源実朝の万葉集の歌からの影響を論じたもので、それが、鎌倉武士という集団が自分たちの和歌を持とうとした意志の表れだと結論付けた。従来実朝の模倣作・習作として安易に規定されていた作品に、重要な意味を見出した分析であり、それによって、俊成・定家ら京都の歌人の和歌活動の意義も対象化されるという意義をもつ。
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