本研究の目的は、宝暦末年から寛政初年における上方の小説・散文界の状況を動的に把握することにある。この間すすめてきた具体的な調査・研究の内容は以下の3点にまとめることができる。 (1)宝暦〜天明期に上方で刊行された散文系作品群のリストアップと特徴的な書目の検討。 (2)この時期の上方における代表的な文学者上田秋成の文学活動を文学史的な観点から再検討していくこと。 (3)明治20年代から本格的に始まる近世文学史の記述内容に関する検討。 平成20年度中の作業結果は以下のとおりである。 (1)宝暦〜天明期の書目リストアップは「古典籍総合目録」データベース利用により短時間で行なうことができた。しかし、抽出したデータを分類する作業にかなりの時間を要している。これと併行して水谷不倒『選択古書解題』に取り上げられているこの時期の作品に関する記述についても、あらためて非常に参考になる書物であることを確認した。 (2)上田秋成、その師にあたる都賀庭鐘、ライバルであった建部綾足とともに「初期読本」というジャンルの中心に位置する存在である。しかし、彼らが連携して創作活動を行なっていたり、あるいは、書肆が意図的に支援する、というようなことことはなかったと断言できる。個別の制作活動の「質」の高さが、今日の目から見て、ひとつの方向性を有する文学活動のように受け取られたいる面があると思われる。上田秋成は、間もなく没後200年を迎えることもあって、雑誌等の特集も多く、それらに寄稿するかたわら、その文学史的位置づけについても考察をすすめた。 (3)明治期の江戸文学史の検討については、藤岡作太郎の『近代小説史』に焦点にあわせて研究を進めた。平成21年度以降の科学研究費(基盤研究(C))の交付も決定しているところであり、彼の日記の解読・公刊も明治39年分までを終えたところである。
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