本研究は、志賀直哉を中心とする高畑周辺に在住した文学者たちの作り上げた文学空間の消長の考察と、志賀に師事した本学ゆかりの作家、池田小菊についての検討考察を二つの眼目としてきたが、18年度は主に池田小菊に焦点をあて、彼女の自筆資料である原稿、草稿、日記、メモ類の翻字、整理、調査を進めた。それにより、小菊の活字化されていない作品原稿のかなりの部分をデジタルデータ化することができた。また、有田市文化福祉センターに寄託されている小菊関連資料のうち、昨年度調査が及ばなかった資料について引き続き調査をした。小菊の門下生で、小菊作品のいくつかのモデルであると考えられる都築光子について調査し、小菊周辺の人物関係の解明を進めた。また、志賀直哉の最新全集では、加納和弘の生没年、及び直哉の「怪談」の初出誌が不明となっているが、前者については空海寺にある加納家の墓石を調べることにより解明、後者については、小菊がスクラップしていた当該作品の裏面記事を手がかりに、再掲である可能性はあるものの掲載紙名を特定した。さらに、小菊の作品評の中に、志賀的リアリズムの手法を、その弟子筋も含めて「奈良派的」という言葉で評したものがあることから、当時の文壇において、奈良という地が、志賀的リアリズムを象徴する空間としてあった可能性を見出した。以上の研究成果については、弦巻克二・吉川仁子「池田小菊関連書簡補遺・その他」(『叙説』2007)において詳しく紹介、発表した。
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