本研究は、志賀直哉を中心とする高畑周辺に在住した文学者たちの作り上げた文学空間の消長と、志賀に師事した奈良女子大学ゆかりの作家、池田小菊についての検討考察の二つを眼目として出発した。17年度には、奈良女子大学記念館一般公開に伴う、「特別展示 池田小菊の奈良 志賀直哉に師事した女性教育者」(2005.4.29-5.5)を催し、調査で知りえた事柄を奈良という地域や人々と深く関わらせて展示した。展示の企画段階で調査した有田市文化福祉センター寄託の池田小菊関連資料は、志賀直哉の全集未収録の書簡を含み、それらを翻刻し、弦巻克二・吉川仁子「池田小菊関連書簡-志賀直哉未発表書簡を含めて-」(『叙説』2006)に詳しく紹介した。18年度は有田市寄託の小菊関連資料のうち、17年度に未調査の資料について引き続き調査をした。有田市寄託の資料は、戦争前後の、小菊が作家として活動した時期のものが主で、小菊の日記類とあわせ読むことで、彼女の当時の文筆活動、また、志賀の書籍の出版も手がけた全国書房と小菊との関わりも窺える。これらの調査を通して、志賀的リアリズムの手法が、その弟子筋も含めて「奈良派的」という言葉で評されるものであり、当時の文壇において、奈良という地が、志賀的リアリズムを象徴する空間としてあった可能性を見出した。その他、小菊の門下生で、作品のモデルでもあったと思われる都築光子についての調査、また、志賀直哉の最新全集で不明となっている、加納和弘の生没年、及び直哉の「怪談」の初出誌を明らかにするなどした。以上の研究成果は、弦巻克二・吉川仁子「池田小菊関連書簡補遺・その他」(『叙説』2007)に詳しく紹介した。17、18年度ともに、池田小菊の基礎資料の整理検討に、かなりの時間を割くことになったが、彼女の周辺を丹念に調べることで、志賀の研究上の穴のいくつかを補うことができた。志賀を、そして、奈良の文学空間を考察していく大きな手がかりとして、池田小菊を見出したといえ、引き続き研究していきたいと思う。
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